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最新掲載日:2004/03/01

 件名: 1周年 −3月20日、私達も「世界の中のひとり」になろう!−
 日付:  2004/2/29(日)
 差出人: 千葉右京さん        
 あと20日でイラク戦争開始1周年だ。
1年前の3月20日、私は東京のアメリカ大使館にいた。
不当な戦争開始に抗議するため、ワールドピースナウの呼びかけに応じて夜に駆けつけたのだ。

 私が着いた時にはすでに数百人の群集がアメリカ大使館の前で抗議の声を上げていたがすぐに信じられない光景が目に入った。

 抗議に向かおうとするおよそ半分の群集が大使館の目の前で警官によって止められていた。
そしてあろうことかほんの少し警官とぶつかり合っただけで暴力行為に及んでない抗議者数名を逮捕した。

私は思わず叫んでしまった。
「警察は暴力を止めろ」と。

そして一緒に参加している抗議者とは別の行動を1人でとってしまった。

 参加者のほとんどが若い20代、30代のようだったので警察が群集相手のときはどんな事をするか解いて回ったのだ。
「止めろ、そんなことしたら逮捕されるぞ」。
危なっかしい人たちに1人ひとり。

やがてワールドピースナウの高田さんは抗議の終了と明日の3,21集会の成功を願って解散を宣言したがそれでもなかなか帰ろうとしない人も多かった。

 「ここを通せ」、「爆撃を止めろ」、「劣化ウラン弾を落とすな」抗議者の声は消えることはなかった。

 そして11時半過ぎ、残っていた10名くらいの仲間のひとりが提案した。
「帰りの電車もなくなります。もう止めましょう。そして明日もう一度集会の後ここに来ましょう。」

 そして私は家路に着いた。
悔しい気持ちを胸に秘めて。

 翌日の集会は5万人以上の参加者で大成功を収めて、その後のアメリカ大使館の抗議は大使館を取り巻いての大きなものに発展した。

 その中にはアメリカ人もいるイラク人もいる、フランス人もいる。
みんな一緒に抗議の声を上げていた。

私はこのとき「歴史を見ている」と感じて何人かの友人に感動を携帯電話で伝えた。

 このときの声は世界に広まる。
「戦争は必ず止める」と私は信じた。

しかし戦争は国としてはイラクの敗戦に終わり、あろうことか
内戦がまだ続いている。

 日本国内も有事法、イラク支援法も制定され、旗頭の政党共産、社民は総選挙で惨敗。

 若者達の政策の誤認識も加速し、今は自衛隊派遣賛成派が多い。

 でも全国いる同じ反戦思想の仲間達よ、負けないでほしい。

 私も何度か倒れそうになった。

私達の運動は戦争で犠牲になってる、またなりつつあるすべての人の為の運動だ。

 戦争で勝って喜ぶのは勝った国の一部の権力者だけでほとんどの人々が泣いている。

 私達はその人たちを見捨ててはいけない。

 3月20日日比谷に集まろう。

 日比谷にこれない人は地元の集会に参加しよう。

 3月20日は世界中の反戦運動家が立ち上がる。

 私達も世界の中のひとりになろう。
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